12 Aug 2005

財政改革と郵政民営化~郵政解散(1)~

財政学でもらった数字を元に、郵政民営化の本質について考えてみる。

財政改革の本質を「プライマリー・バランス」を目指すこと、すなわち
国債発行収入と国債償還・利払い費用を差し引いた国家財政の収支安定化
だとすると、そのための方向性として考えられるのは次の三点だ。

すなわち、

  1. 税収を中心とした収入を増やす
  2. 一般歳出を削減する
  3. 地方交付税等の配分を削減する

のどれかになるだろう。こうやってプライマリー・バランスを黒字化して初めて、700兆円を超えるという借金を返せる体質になる。その過程の中で、郵政民営化の意味合いはどこにあるのか。

郵政民営化の本来の目的は、郵貯+簡保マネーに市場のディスプリンを効かせることで、安易な赤字国債購入を許さない、すなわち財務省・財政投融資あたりにディスプリンを効かせて、究極的には2.一般歳出の削減を達成することなのだろう。例え現状の郵貯・簡保マネーが巨額の国債・政府貸付で事実上凍り付いていても、今後のこれ以上の資金流入を防ぐことが出来る。

 (但し、これ以上郵貯+簡保が増えないとこの議論は無意味。増えないと
 仮定すると、民営化に関わらずにこれ以上の国債購入は困難なのだから、
 (すなわち、郵貯+簡保への資金流入が小さくなることが、結果的に上記
 ディスプリンと同じ効果を生む)むしろ民営化により「利益=運用益」を
 目指すためには、運用可能な資金が少ない点から、少しずつ国債を売って
 資金調達せざるを得ない巨大「日本売り」金融機関が出来るだけだろう。)

これは、国債買い手資金の抑制であり、結果的に国債売りはより高い利率にさらされ、国の運営のための資金調達として厳しいものになり、一般歳出や財政投融資への抑制効果を生む可能性はあるかもしれない。が、また一方で、1.税収増大へと向かう可能性もある。

つまり、「この国のカタチ」となる方向性はまだ確定していない。財政改革って究極的には「あるべき国のカタチ」を問うことだと思っていて、
・高負担+高保障の「福祉国家」
・低負担+低保障の「小さな政府」
のどちらなのか、それを国民1人1人が選択する必要があると思う。

(論理的にはあり得る高負担+低保障の国家では民意が永続きしない
 だろうし、低負担+高保障の国家ではすぐに財政が破綻する。)

また、そういった「国家観」が定まって始めて、プライマリー・バランスの規模や、今後の国債発行高をどのように抑えていくかといった議論ができるだろう。現状の国会の議論は本質を突いていないことを痛感。その意味では、自民党と民主党が、選択肢として明確に分かれるのが理想。

でも国民の意識が中道(どっちつかず)の分布だと、分かれはしないはず。こういった理想論とは別に、一時期の高負担+低保障路線でとりあえずはプライマリー・バランスを安定させる最短経路を計算して、安定したとこであらためて議論、というのが現実的な政治解かもしれない。

早々と「選択」をするか、高負担+低保障に耐えられず覚悟を決めるか、国家財政破綻を迎えても地域を活かすカタチで生き延びていくか。結局は、1人1人の有権者が、覚悟を決めるしかないのかなぁと。

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