26 May 2011

ドキュメント東京電力企画室(著:田原総一朗)

今では絶版となっているこの本は、1981年時点の「生存の契約」(文藝春秋刊)を元にした文庫ですが、それ以降の大きな変化を生めなかった日本のエネルギー政策の背景が、小説のように読み解ける優れたルポになっています。

第二次大戦時の統制経済・国家管理というトラウマを回避すべくGHQのバックアップすら活用して九社体制を確立し、通商産業省のエネルギー支配を回避するために「ファウスト的契約」と認識しながらあえて原子力推進のイニシアチブを民間主導で取ります。

しかし、この時代までにあった明らかな対国家への距離感・緊張感は、オイルショック後の本格的な石油値上がりにより燃費負担が重くなって、結局は電気料金の認可を握る通商産業省の言う事を聞かざるを得なくなり、融和策を取るようになったところで薄まっていきます。

そこから、日本のエネルギー政策は「なあなあ」になってしまったのではないでしょうか。その後は、数年スパンの思いつきで大旗を振るう官僚を諌めずに、究極のところ現場と雇用を握っている民間は面従腹背で結局言う事を聞くふりをして換骨奪胎することの繰り返しで数十年を過ごしてしまったのではないかと、1981年に書かれたこの本を2011年の現在から読み返すと思えるのです


余談ですが、オイルショック時に実は石油輸入量は減っておらず、実は石油を支配するメジャーショックだった、というエピソードは考えさせられるものでした。見通しや予測ばかりでなく、実際の数字を確認しないで踊らされたよい例だと思います。こちらのグラフからは、中東依存度がオイルショック前後で大きく変化していないことがはっきりと分かります。

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