18 Jun 2006

言語平和学

言語学と平和学を結びつけた学問を立ち上げようとしている友人と数年振りに会いました。平和学とは、極論で言うと暴力学(あるいは暴力排除学)らしいのですが、そこに言語学を組み合わせようとする視点は非常にinnovativeだと感じました。

言葉による暴力、排除、差別に対し、どうアドレスしていくのか。言語とは何らかのニーズがあって生まれ淘汰されていくわけで、かちっと「正しさ」を当てはめることは難しいとは思いますが、西洋哲学的な表現ツールとしての言語観から離れた、言語的観点からの「正義論」があってもよいと思います。ロールズ風に言うならば、論理的に正しい言語ではなく、公共的に正しい言語と
でも言うのでしょうか。そんなイノベーションを楽しみにしています。

12 Jun 2006

Route 292

国道292号線は、日本で一番標高の高いところを走る国道らしいです。
そんな目線の高さを、今後も目指して走っていきたいと思います。

誕生日にメッセージをくださった様々な方、改めて、ありがとうございました。

11 Jun 2006

分けること/福祉を変える経営(著:小倉昌男)

スペシャルオリンピックス・東京地区大会にボランティアとして参加しました。
きっかけは、入社前に映画を見よう月間にしていた3月に見た、ビリーブ、という映画。

きっかけのきっかけは、去年亡くなられた小倉昌男氏の「福祉を変える経営」。


正直に言うと、博愛的な発想とか、キリスト教的なチャリティ精神とか、必要以上に美化する傾向とか(最近はそうでもないが)、障害者を取り巻く現状の「視線」に対して何となくキモチワルイ感覚になることはあります。

でも、先天的あるいは後天的な理由で、何らかのことが「できない」ヒトをだからといって排除するのはおかしいと思うのです。ableとdisableを分けるものは何なのか。何をもって「健常」と言い、何をもって「障害」と言うのか。分けることに意味があるから(例えば障害年金交付からフリーライダーを排除するとか)分けているのですが、その「分けること」自体が、分かれていることを所与としたヒトを再生産してしまっている。

でも、多分社会を構成して運営していく上で、分けざるを得ないことはある。そうすると、僕らが学ばなければいけないことは、「分け方」ではなくて、分けることの根拠である「違うこと」に対する姿勢なんじゃないでしょうか。

いい加減、違いを見つけて切り分ける行為を、やめにしませんか。

27 May 2006

ナスカの地上絵

ナスカ展に行ってきました。

ヴァーチャル地上絵が目当てでしたが、それよりも面白かったのはナスカの人々の「絵心」でした。特に目が、コミカルで面白い。その中でも一番印象に残ったのは、彼らが他の部族との交易で「サル」を手に入れていたと書かれていたキャプションでした。誤訳でなければ極めて面白いですね。家畜としては極めて扱いにくそうなサルを手に入れて何に使っていたのでしょうか。

肝心の地上絵は、線がちょうど人一人歩けるくらいの道くらいのようで、それほど大きくないんだなぁというのが感想でした。でも、やはり行ってみたい。ナスカの地上絵は「世界八番目の謎」らしいですが・・・七番目まではこちら。よく「なぜ地上絵は描かれたのか」との問いがありますが、文字がない文化に暮らしていた人間の行動の動機を推測するには
 ・骨、ミイラetc
 ・遺物、遺跡
 ・同時代の他の文字文化の慣習・伝説
 ・後の時代の文字文化の慣習・伝説
 ・現代まで継承される慣習・伝説
あたりから推測を繰り返していくしかないのでしょうが、そこから出される推測は「確からしい仮説」であって、「正しい」かどうかは分からないのでしょう。ただ、「正しい」かどうかよりも、そのような「古代の人間の考え」に思いを馳せること自体が「現在を生きる人間」にとって素敵なことな気がします。願わくば、ヒトに、想像力を。

23 Apr 2006

千葉7区補選

失態続きの民主党がようやく一矢を報いたようですね。

二大政党が国民の意向を汲もうと競り合って、例えば最近の共和党・民主党(米)
の外交・安全保障政策に顕著なように、収斂していくのはやむを得ないのかもしれ
ないですが、全く同じではこれまた選択肢がある意味がないので、現状で圧倒的
に野党である民主党(日)が、改革路線という日本の基本的な方向性は変えない
にせよ、自民党との差をどのように作りマーケティングしていくのかに着目しています。

とりあえず内政では社会民主主義的路線を行くとして、年金・医療・社会保障で
攻めるのなら、それなりに明確で実現可能性のある対案を出してもらいたいもの
です。ただ、その「社会民主主義」という軸で切り分けると、自民・民主ともに二つ
に分かれてしまいそうな感覚もありますが。あと差を出せるとすれば、外交路線
になるんですかね。

なんにせよ、「二大政党制確立のための政権交代」ではなく「国民生活・国際社会
に貢献する政権交代」を目指してもらいたいものです。

18 Apr 2006

新社会人としての心がけ

卒業確定以来久しぶりの更新。別に激しく働いているわけではなく、
むしろ、自分に足りない部分を日々見つけています。

新社会人として3週間弱を過ごして、今後心がけていきたいことは、

 ・「それにもかかわらず!」と言えるAspirationを形成すること
 ・そのために、自分を信じること
 ・でも、特に他人に対して謙虚であること
 ・その中で、「大人」になること

といったような、ある意味当たり前なことだと今は思っています。

3月から4月にかけて、いろいろ考え(ポーランド旅行etc)、観て(エミリー・ローズetc)、読んだ(春子情歌etc)とをまとめてはおきたいですが、追々更新できればしていきます。とりあえずブログは、趣味を中心に思考を整理する場として、しばらく維持しておきます。

9 Mar 2006

速報

卒業確定ヽ(゜▽、゜)ノ

7 Mar 2006

心理会計モデル(ハーバード・ビジネス・レビュー2006年2月号)

HBR2月号に興味深いモデルが掲載されていた。行動心理学の分野になるのだろうが心理会計mental accountingというそのモデルは、興味深い仮定を置くことで、「過去に囚われる合理性」を説明しようとしている。読み進めると、確かに過去に囚われてしまうのももっともだと思わせてくれる。



まず以下のような前提を置く。

  • 人間は限定合理的であり、心理的な価値(満足)を最大化するよう行動する
  • 人間には「参照点reference point」がある
  • 結果x(利益or損失)は参照点を基準として相対的に認識される
    • 参照点=x=0=結果に対して満足も不満も抱かない点

利益・損失といった結果ではなく、結果から得られる心理的価値を追い求める、しかもその利益・損失も相対的に定まるという人間像は、結構当てはまりがよいモデルではないだろうか。
そして、価値関数v(x)という変換を用いて、人間の行動を説明しようとする。

  • 認識された利益(損失)は心の中の価値関数v(x)を通して評価される
  • 価値関数v(x)は、x>0において増加率は逓減する(効用関数と同様)
  • x<0においては、増加率が逓増する
    • すなわち、x<0で逓増し、x>0で逓減するような単純増加関数v(x)
  • それ故、利益局面ではリスク回避的に、損失局面ではリスク愛好的になる
  • 同じ水準の結果が出た場合、利益による満足より損失による不満足が大きい
    • すなわち、x=b>0のときv(b)<|v(-b)|
※最後2つの説明については、掲載記事に不足していると思われる説明を補った

これは、1/2の確率で100万円が得られるゲームに参加するか、50万円を黙って受け取るかという選択だと受け取る方を選ぶ回答をする人が多い傾向にある一方で、1/2の確率で100万円を失うゲームに参加するか、黙って50万円を支払うかという選択だと参加する方を選ぶ回答をする人が多いという傾向に当てはまる気がする。

たしかプロスペクト理論という名前で、似た説明が以下の本やCDIのニューズレター(PDF)でもなされていた。

これらの道具を組み合わせて、
 ・分離勘定:過去から独立して現在を判断 v(x1)+v(x2)
 ・統合勘定:過去に囚われて現在を判断 v(x1+x2)
のどちらを取ることが心理会計的に合理的(その人間にとってより心理的な満足が大きいか)かを説明している。麻雀で例えるならば、前の半荘の結果に引きずられ打ってしまうのが統合勘定であり、前の半荘の結果に関わらずその局において最適な手を打てるのが分離勘定である。

基本的には、分離勘定の方がより合理的(状況に応じた手を打てるという意味)で望ましいだろう。そして、過去の結果と現在の結果の見込みの状況を
 大勝(利益大)・辛勝(利益小)・惜敗(損失小)・大敗(損失大)
に分けて4×4のマトリックスで説明すると、
 1)過去に大勝した場合
   大小問わず今回も勝ちそうなら分離勘定/負けそうなら統合勘定
 2)過去に辛勝した場合
   今回も勝ちそう・大敗しそうなら分離勘定/惜敗しそうなら統合勘定
 3)過去に惜敗した場合
   どのような見込みでも統合勘定
 4)過去に大敗した場合
   今回も負けそう・大勝しそうなら統合勘定/辛勝しそうなら分離勘定
がそれぞれ心理的な価値(満足)を高めることになるため(グラフを書いて1つずつ当てはめていけばよいので省略)限定合理的な人間にとって、過去に囚われないことがいかに困難なことか分かる。

単純に考えても、4×4の16通りのうち10通りは統合勘定となって過去に囚われてしまうのが満足を高めるのだから。このモデルによると、過去に失敗(損失)を経験した人間は囚われる可能性が高い(過去:大敗、現在:辛勝のとき以外すべて統合勘定)ことを示唆しており、それ
を回避するためには失敗から成功ポイントを探し出して少しでも参照点に近づけ、「辛勝」と捉えられるようにするか、思い切って過去の失敗を徹底的に反省して「大敗」として捉えることが必要になるが、後者だと囚われ続ける可能性が高いため、失敗からも成功ポイントを探し出すことが、次の失敗を避けやすい。

基本的に、意思決定者に最も求められるのは「辛勝」の経験だろう。予想外の大勝をした場合も問題点を洗い出す作業を徹底することで参照点に対して結果を下げ、大勝を「辛勝」として認識する必要がある。そうすることで、過去に囚われない意思決定を行える可能性は高くなる。

面白いのは、惜敗のときよりも大敗を経験しているときに、過去を切り離す可能性が生まれることであり、これは自分の経験からも納得いく気がする。負けるときは潔く負けきった方がよいということか。また、勝ち続けることで過去を切り離してその時々に合理的な判断が可能になるのは、「勝ち癖」「成功体験」を上手く積み上げていくことの重要性を示唆しているだろう。

何にせよ、「辛勝癖」を持ちつつ、失敗は前向きに、成功は謙虚に受け止めることができる人間が、過去に囚われる可能性が低く長期的に見て合理的に判断できるということになる。色々ごちゃごちゃと分析したのに、出てくる結果が一般的に納得のいきそうなリーダー像に近づいているのは面白いことだ。

このモデルは、過去と現在という単純な分け方だが、実際には過去は無数の結果を含んでいるため限界は有している。だが、どのようにしたら合理的な意思決定者を育成することができるのかといった問いに対して一つの解を示唆している貴重なモデルではないだろうか。とりわけ、デモクラシーにおける市民の育成という問題についても、このモデルは展開可能な気がする。

最後に少し政治にからめると、橋爪大三郎が書いていた「民主主義にとっては51対49という結果は、死票が多いというネガティブな意味合いではなく、選出された代表者に緊張感をもたせ努力させるから望ましい」というような意味のことが、このモデルからも説明できるのではないだろうか。

6 Mar 2006

映画感想:ザ・コーポレーション

「企業」ではなくて、「法人」ですよね。「合法的に人格を認められたassociation」と言い換えてもいいかもしれません。その一点をあやふやに捉えてしまうと、ただの大企業批判になってしまう映画かな、と。

合理的に、それ故サイコパス的と表現され、利益を追求する法人。でも、それを形成する人間は、不合理に判断する可能性が高いことを考えると、不思議な気もします。全ての組織が合理的に判断できるかという気も一切せず、「測定可能な目標=成果物を共有可能かどうか」といった点が重要なポイントであるような気が直感的にはします。

何はともあれ、トラックバックが2ヶ月後になって申し訳ない限りです。

27 Feb 2006

「戦争・紛争」強化月間

ということで二冊新書を買ってみた。





「戦争民営化」の方は要旨がよく分からないと言うか、著者のスタンスが分からず。古今東西の「傭兵」の歴史の羅列という感じで、ポップな題名に騙された感あり。これから「戦場の現在」に手をつける予定。こちらはアマゾンで書評が結構良かったので、ちょっと期待。